23/07/25

コーヒーを「持続可能」な飲み物に。革新的プラットフォームを共作した540日の熱い日々。

  • ブランディング
  • プロジェクトマネジメント

コーヒーの香りは人をリッチにする。が、コーヒーがもたらす富があまねく人を豊かにしてきたわけではない。コスタリカ、ジャマイカ、グァテマラ、コンゴ、ベトナム…。中南米、アフリカ、アジアを横断する「コーヒーベルト」の国の多くが、資本主義的発展から取り残されてきた。コーヒーの果実を摘む人々とコーヒーを愉しむ人々の間に横たわるunfairを、いかにfairに近づけるか。それは、コーヒーという美しい飲み物が未来も変わらず生産されていくこと、農業・工業・流通・文化における「持続可能」な形態を実現するという命題である。ダイレクトトレーディングはそういった仕組みの一つだ。二十世紀後半、コーヒー農家が自家豆を独自の流通ルートに乗せ、世界の様々な市場に売り出すことで始まった。さらに商社が占有してきた大量物流をコンテナシェアに置き換えることで、一品種の豆を最小ロットで取引できるようにしていった。そして、このトレードをオンラインで行えるプラットフォームを開発したのが、日本のある事業者であった。ネット上で世界のあらゆるコーヒー農家から、ロースターがコーヒー豆を直接買い付けて、消費者がそれを楽しめる。麻袋一袋から取引できる世界初の仕組みだ。インフィニティスタイルのマネージャーは、一年半にわたってこのプロジェクトに並走した。

決断と行動力に富むこの事業者は、わずか一年で世界中の優良な中小規模コーヒー農家とオンラインの繋りを構築した。そして人脈を駆使し、ブランディングとPRに係るメンバーも選抜してしまう。本案件でインフィニティに与えられた使命は、このチームの全体のプロデュースとクリエイティブを取りまとめることだった。上流はCIやタグラインから、下流はサイトに掲載される海外のコーヒー農家の記事までを統括管理しなければならない。チームの顔ぶれは華やかだった。ニューヨークで活躍するクリエイティブプロダクションを中心にオランダで活躍するアーティスト、世界各地で活躍するライター、アートディレクター、翻訳家、エンジニアなどのクリエイター。各人が超多忙なスケジュールを縫ってのオンラインの初ミーティングとなった。そこで事業者から発表されたのは究めてタイトなスケジュール。半年後にはウェブプラットフォームが実装されること。CI、BMなどデザインのメーンエレメント、ブランディングストーリーの深堀構築、トレーディングの鳥観図や主要生産者・ロースターの紹介などは最低限必要な要素である。

この顔合わせ会議を退出した直後、インフィニティのマネージャーは頭を抱えた。なぜあんな無茶なスケジュールを呑んでしまったのか? 実はこの時、出席者全員が同じように腕を組んで考え込んでいた。なせだ。答は明瞭だった。この事業の意義を3600秒にわたって語りつくした創業者の熱が、クリエイター達の深部を揺り動かしたのだった。

この後、わずか数日で、ADからは驚くべきクォリティと量のCIの提案が行われ、続いて地政学と文化人類学、そして百年射程の持続可能社会を見据えたブランドストーリーがCDから語られることになる。創業者の熱さは時に過剰で、クリエイター達がたじろぐ場面もあったが、そんな時にはマネージャーが緩衝材となった。チームは160日余りを走り抜いた。2022年春、ブランドコンテンツ、プラットフォームは無事に立ち上がった。

だがマネージャーにとってこれは新しい戦いの幕開けだった。事業者から新事業の立ち上げの話が持ち上がったのだ。スペシャルティコーヒーの世界的ミーティング開催、日本におけるベストロースターの選抜と授賞、コーヒーの植樹事業とそのソーシャルアクションといった一連のメセナ展開。それらをプロモーションするWebサイトを5サイト公開。そして日本のコーヒーロースターによる生産地紀行の動画とテレビCMの制作。これら全てを2022年内に実施することがミッションだった。イベントに係る空間プロデュースや印刷物のデザインワーク、そして海外ロケを含む映像の作成に、全てのクリエイターがフル稼働した。催事が中心となっていたため、スケジュールのくるいは一切許されない。コロナ禍での過酷な闘いが続いた。前半戦のブランド立ち上げとはまた違った、絶対的なタイムリミット下でのハードスケジュールだったとマネージャーは振り返る。2022年、植樹事業を残すほぼ全事業が稼働し、全コンテンツがオープンとなった。

一つの事業の立ち上げとほぼ並走し続けたこの案件は、インフィニティスタイルが、複数のフリーランスや会社組織によるチームのプロジェクトマネジメントに徹した珍しい例である。タイトなスケジュールのもとでの一連の取り組みは、困難もあり、緊張が途切れることがなかったが、プロジェクトマネージャーとしての総合力を鍛えるまたとない機会になった。そして、広告・編集のクリエイターはもちろん日本の企業のトップや個人事業主、海外のコーヒー農家の主人に至るまで、プロフェッショナルの力と矜持について学び直すことにもなった。どのポジションに置かれても、そこで協働する人々に敬意を払い、自他のポテンシャルを最大限に引き出すこと。それが我々の義務なのだ…。本件のマネージャーはそんな自覚を得たと言う。